Iris domestica (L.) Goldblatt & Mabb. / ヒオウギ(檜扇)は、かつて Belamcanda chinensis (L.) DC. と呼ばれた、アヤメ科の多年草です。東アジアを原産とし、その地では中国伝統医学のなかで何世紀にもわたって使われてきました。花は橙赤色で濃い斑点をまとい、黒い種子は房状に集まって、その姿がクロイチゴを思わせます。根茎は治療的な性質のゆえに、この植物のもっとも価値ある部位とされています。
植物療法の伝統において、ヒオウギは抗炎症・去痰・解熱の働きで知られ、現代の研究もその用いられ方の少なからぬ部分を裏づけてきました。とりわけ目を引くのは植物化学的なプロファイルの豊かさで、イソフラボンやトリテルペノイドイリダールといった化合物が、さまざまな生物活性を担っています。受け継がれてきた知識と今日の研究とが出会いうることを、この植物はよく物語っています。
ヒオウギの一般名と各国での呼び名
- イタリア語:fiore di leopardo、giglio leopardo。
- 英語:blackberry lily、leopard flower、leopard lily。
- スペイン語:flor de leopardo、lirio leopardo。
- 中国語(中医学):射干(she gan)。
- ドイツ語:Brombeerlilie、Leopardenblume、Leopardenlilie。
- 日本語:ヒオウギ(檜扇)。根茎を乾かした生薬は射干(ヤカン)と呼ばれます。
- フランス語:fleur de léopard、lis léopard。
- ポルトガル語:flor-leopardo、lírio-leopardo(ブラジル)。anginia、belamcanda-chinesa、lírio-da-amora(ポルトガル)。
Iris(ヒオウギ)の学名シノニム
この植物の正名は Iris domestica (L.) Goldblatt & Mabb. であり、もっともよく知られた学名シノニムは Belamcanda chinensis (L.) DC. です。この組み替えは、分子レベルのDNA塩基配列の解析にもとづいて2005年に行われました。ほかのシノニムには Epidendrum domesticum L.、Vanilla domestica (L.) Druce、Belamcanda punctata Moench、Gemmingia chinensis (L.) Kuntze、Ixia chinensis L.、Moraea chinensis、Pardanthus chinensis Ker Gawl. などがあります。
植物の分類:アヤメ科(Iridaceae)

アヤメ科の多年草ヒオウギ(Iris domestica)の詳細な植物画。地中の根茎に焦点を当てている。根茎は太く横に伸び、ひげ根と側芽をつけ、薬用においてこの植物のもっとも重要な部位となる質感と構造を見せている。19世紀の植物百科事典の様式で描かれ、セージグリーンの標本紙を背景に、植物の複雑さと自然の美しさを際立たせている。
Iris domestica が属するアヤメ科は、およそ60属に約1800種を擁し、アヤメ類やグラジオラスのような観賞植物で知られています。科の仲間は目を引く花と、根茎あるいは球根とを特徴とし、その多くが経済的にも薬用としても意味をもってきました。ヒオウギもこの一群に典型的な特徴を備えており、剣のような形の葉と、6枚の花被片からなる花がそれにあたります。科全体の化学的な多様性は大きく、フラボノイドとイソフラボンが薬用としての性質のかなりの部分を説明します。薬理学の研究は、いまもその可能性を探り続けています。
ヒオウギの利用部位
- 根茎
- 根
ヒオウギの民族植物学的・伝統的用途
- 肝臓の不調の手当て
- 気管支炎の手当て
- 急性扁桃炎の手当て
- 去痰
- 解毒薬
- 解熱
- 抗炎症
- 声門浮腫への使用の歴史的な記録(窒息のおそれがある救急疾患であり、ただちに救急医療を要します。植物療法で対応してはなりません)
- 痰の多い咳の手当て
- 鎮痛(痛みをやわらげる)
- 喉の痛みの手当て
ヒオウギの薬用特性
- 去痰作用 (痰の排出を助ける)
- 血管新生抑制作用 (新しい血管ができるのを抑える)
- 血糖降下作用 (血糖値を下げる)、臨床的有効性は未確立の伝統的用法
- 解熱作用 (熱を下げる)
- 抗ウイルス作用 (ウイルスに働きかける)、臨床的有効性は未確立の伝統的用法
- 抗炎症作用 (炎症をやわらげる)
- 抗菌作用 (細菌に働きかける)、臨床的有効性は未確立の伝統的用法
- 抗酸化作用 (活性酸素に働きかける)
- 抗腫瘍作用 (研究で認められた抗腫瘍活性)、臨床的有効性は未確立の伝統的用法
- 抗真菌作用 (真菌に働きかける)
- 抗糖尿病作用 (血糖の調整を助ける)、臨床的有効性は未確立の伝統的用法
- 抗突然変異作用 (遺伝子の突然変異を防ぐ)
- 鎮痛作用 (痛みをやわらげる)
- 皮膚を落ち着かせる作用 (荒れた肌を落ち着かせる)
ヒオウギの詳細な植物化学プロファイル
- イソフラボン
- イリゲニン
- イリジン
- イリスフロレンチン
- キサントン配糖体
- キノン類
- シェカニン
- スチルベン類
- タンニン
- テクトリゲニン
- テクトリジン
- トリテルペノイドイリダール
- フラボノイド
- ベラムカンジン
- 単純フェノール類
根茎に含まれるイソフラボン、たとえばテクトリゲニンやイリゲニンには、研究においてエストロゲン様の作用が認められています。そのためホルモン依存性の疾患をお持ちの方、またホルモン療法を受けている方は、医師の評価を受けないかぎり、この植物を避けなければなりません。
ヒオウギの調製法と使用形態
- エキス剤
- 外用(根のエキス)
- 煎じ薬
- チンキ剤
ほかの薬用植物との組み合わせ
中国伝統医学において、ヒオウギが単独で使われることはまれで、治療の働きを高めるためにほかの生薬と組み合わせられます。呼吸器に向けた処方では去痰や抗炎症の植物と並んで登場し、植物成分どうしの兼ね合いがより幅の広い働きにつながります。もっともこの伝統の外では、そうした組み合わせについての研究はなお限られており、併用療法の可能性を見きわめるにはさらなる研究が必要です。そうした裏づけにどれほどの手間がかかるかは、この伝統とは別に詳しく調べられてきた抗炎症の植物、たとえばウコンやカミツレがよく示しています。
ヒオウギのレシピと使い方
呼吸器の不調のための煎じ薬
中国伝統医学では、乾かした根茎を1日あたり合計3から9グラムの範囲で煎じ薬に用います。これはつねに、資格のある専門家の処方と経過観察のもとで行われるものです。この部位は植物のなかでもっとも毒性が強いため、内服のための家庭での調製は勧められず、ここでも自己判断で用いる用量は示しません。この煎じ薬は伝統的に、喉の痛み、咳、痰をやわらげるために使われてきました。植物療法を始める前には必ず医療者に相談してください。毒性のおそれがある植物であればなおさらです。
肌の炎症のための外用エキス
ヒオウギの根からは、外用のためのエキスをつくることができます。皮脂の分泌を抑えるという裏づけは公表された研究には見あたりませんが、肌の炎症をやわらげる、落ち着かせる性質は備えています。薄めたエキスを少量、コットンにとって患部に1日2回塗ってください。広い範囲に使う前には、小さな範囲でパッチテストを行い、好ましくない反応が出ないことを確かめてください。
ヒオウギを用いる療法
中国伝統医学(TCM)
中国伝統医学において、ヒオウギは「射干(She Gan)」の名で、基本となる薬のひとつに数えられます。性質は寒、味は苦に分類され、おもに肺と肝の経絡に働くとされます。その働きには、熱を冷ますこと、毒を取り除くこと、痰を解きほぐすこと、喉の働きを助けることが挙げられます。喉の痛み、黄色く粘りのある痰をともなう咳、気管支炎、扁桃炎といった症状に処方されることが少なくありません。中国伝統医学はヒオウギを、患者一人ひとりの状態に合わせて調える複雑な生薬の処方のなかで用いてきました。
ヒオウギの禁忌と副作用
Iris domestica はどの部位も有毒であり、とりわけ根茎を口にすることは危険です。内服にはこのうえない慎重さが求められ、専門家の監督のもとでのみ行われなければなりません。妊娠中の女性にとって、この植物は禁忌です。ネパールからの報告は、根の絞り汁に堕胎作用があるとしています。また、脂性肌を整えるとか、肌の生まれ変わりを速めるといった美容上の主張を支える根拠もありません。医薬品との相互作用や副作用が起こりうるため、使用の前には医師または植物療法の専門家にご相談ください。
ヒオウギにまつわる逸話と歴史
ヒオウギは豊かな歴史と、いくつもの興味深い挿話とをあわせもっています。中国伝統医学では「射干(She Gan)」として重んじられ、その名は何世紀もの植物療法の歩みを内に抱えています。もっとも興味深い出来事のひとつが分類学上の組み替えでした。2005年、それまで Belamcanda chinensis として知られていた種はアヤメ属(Iris)へ移され、Iris domestica と改称されます。この変更を促したのは、分子レベルのDNAの証拠でした。
分子データは、これまで考えられていたよりもアヤメ類との遺伝的な近さが大きいことを明らかにしました。いっぽう英語の俗名「blackberry lily」は、黒く光沢のある種子に由来します。種子は蒴果のなかに収まり、秋になると果実が裂けて姿を現し、その様子がクロイチゴを思わせるのです。日本では古くから、この黒い種子を「ぬばたま」と呼び、闇や黒髪にかかる枕詞として和歌に詠んできました。世界各地の亜熱帯から温帯にかけて栽培され、薬用としての性質と観賞価値の双方から親しまれ、庭や景観に異国めいた趣を添えています。
ヒオウギについてのよくある質問
ヒオウギは食べても安全ですか
いいえ、Iris domestica はどの部位も、口にすれば有毒とみなされます。起こりうる有害作用と毒性を考えると、内服は資格のある医療者の指導と監督のもとでのみ行うべきものです。健康上の危険を避けるため、勧められた用量と調製法を守ることがきわめて重要です。
中国伝統医学でヒオウギはおもに何に用いられますか
中国伝統医学では、ヒオウギ(射干、she gan)はおもに熱を冷まし、毒を取り除き、痰を解きほぐし、喉の働きを助けるために用いられます。喉の痛み、痰をともなう咳、気管支炎といった呼吸器の不調に使われるのが一般的です。抗炎症と去痰の働きにより、この伝統の複雑な処方のなかで重んじられてきました。
妊娠中にヒオウギを使ってもよいですか
いいえ、ヒオウギは妊娠中の女性には固く禁忌とされます。伝統的な用いられ方の記録によれば、根の絞り汁には堕胎作用があるとされています。毒性と妊娠への危険を考えると、使用は勧められません。妊娠中の方、また妊娠を考えている方は、この植物を完全に避けてください。
ヒオウギに含まれる有効成分は何ですか
ヒオウギにはさまざまな有効成分が豊富に含まれ、イソフラボン(テクトリゲニン、テクトリジン、イリゲニンなど)、キサントン配糖体、スチルベン類、単純フェノール類、キノン類、トリテルペノイドイリダールなどが挙げられます。これらの化合物が、抗炎症・抗酸化・抗ウイルスをはじめとする生物活性を支えています。イリスフロレンチンとシェカニンも、この植物から見いだされた重要な成分です。
ご注意: 本コンテンツは情報提供を目的としており、医療専門家の助言に代わるものではありません。薬用植物を使用する前に、特に妊娠中、授乳中、または薬を服用中の場合は、医師または専門家にご相談ください。
参考文献と科学研究
査読済み科学研究 (2)
- PMC2016 Zhang, L., Wei, K., Xu, J., Yang, D., Zhang, C., Wang, Z., & Li, M. (2016). Belamcanda chinensis (L.) DC-An ethnopharmacological, phytochemical and pharmacological review. Journal of Ethnopharmacology, 186, 1-13.
- PEER2024 Wang, Z., Jiang, Y., Li, Z., Weng, L., & Xiao, C. (2024). Herbal textual research of Belamcanda chinensis (L.) redouté and screening of quality-markers based on “pharmacodynamics-substance”. Journal of Ethnopharmacology, 332, 118324.
補足資料 (2)
- 2005 Goldblatt, P., & Mabberley, D. J. (2005). Belamcanda Included in Iris, and the New Combination I. domestica (Iridaceae: Irideae). Novon: A Journal for Botanical Nomenclature, 15(1), 128-132.
- 2015 Woźniak, D., & Matkowski, A. (2015). Belamcandae chinensis rhizoma, a review of phytochemistry and bioactivity. Fitoterapia, 107, 1-14.
